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現代銀座考

現代銀座考 : XXVI 「銀座グラフィックデザイン」ツアー 〈後篇〉

2021.05.25

写真/伊藤 昊

文、イラスト/森岡督行

森岡書店代表の森岡督行さんが、銀座の過去、現在、そして未来をつなげる新しい物語です。時の人々が集い、数々のドラマが生まれた銀座には、今もその香りが漂っています。1964年頃に銀座を撮り続けていた写真家・伊藤昊さんの写真とともに、銀座の街を旅してみましょう。

 

 

現在のGINZAPLACEの場所に、かつてあったサッポロビヤホール。アルファベットの書体が4種類。

 

現代銀座考 : XXVI

「銀座グラフィックデザイン」ツアー 〈後篇〉

 さて、皆さま、いよいよ銀座の中心、銀座四丁目交差点が近づいて参りました。右手に見えますのは、2016年に開業しましたGINZA PLACEでございます。透かし彫りをイメージした幾何学デザインの外観が印象的ですが、エントランス上部にございますGINZA PLACEのロゴは、銀座七丁目に事務所をかまえるライトパブリシティが手がけました。このフォントのGとCの曲線部分は、かつてこの場所にあったサッポロビールのビアホールを彷彿させます。曲線がいかにもビールジョッキの取手のようなのです。ちなみに現在も、このビルを所有しているのは、サッポロビールでございます。
 
 銀座四丁目交差点に立ちますと、ライトパブリシティの社長をつとめる杉山恒太郎さんがECD(エグゼクティブ クリエイティブ ディレクター)として手がけた仕事を思い出します。三越伊勢丹の「this is japan」キャンペーンを記憶している方も多いのではないでしょうか。とりわけ、私は、銀座三越に掲げられたバレリーナのオニール八菜さんが躍動する大きな広告が、この交差点に調和していたことを忘れられません。杉山さんは「ピカッピカの一年生」「セブンイレブンいい気分」など、記憶に残るコピーをつくられています。私の大好きな往年の資生堂のコピー、「一瞬も一生も美しく」は、当時lライトパブリシティに所属していた国井美果さんが手がけました。
 また、コロナ禍の現状にあって、銀座の商店のいくつかには、「おかえりGINZA」という黄色い暖簾があります。これは、ライトパブリシティが、銀座の街を応援する意味で制作し、提供したものでございます。

 そして、銀座4丁目交差点を渡りますと、右手前方に三菱UFJ銀行銀座支店がございます。三菱UFJ銀行のロゴマークは、銀座4丁目に本社がある、原研哉さん率いる日本デザインセンターがデザインしたものでございます。
 そのお隣、松屋銀座を見てみましょう。「MaTSUYa」と特徴的な文字が見えておりますが、この文字こそが、仲條正義さんによる“マツヤアルファベット”でございます。これが完成したのは1978年。オリジナルのアルファベットと数字のなかで最も特徴的なかたちをしているのは、数字の「8」ではないでしょうか。前篇でもお話した、資生堂パーラーのパッケージデザインでも意識されていた「8」。仲條さんの頭の中にある「銀座八丁目」への想いが影響しているのではないか、と思ったりしております。
 松屋銀座の松屋通り側には。「BAO BAO ISSEY MIYAKE」のショップがございますが、このブランドのVIを担当しているのは佐藤卓さんです。佐藤卓さんの事務所もここから程近い、銀座三丁目にございます。また地下鉄銀座駅から松屋銀座に向かう地下道が2019年にリニューアルされ、美濃焼のタイルがつくる幾何学模様と数字が、空間を一変しました。この通路のデザインをしたのも佐藤卓さんなのです。私はこの空間が好きで通勤でいつも歩いています。いまここで目にすることはできませんが、佐藤卓さんは、銀座三越と松屋銀座、和光、東急プラザ銀座、GINZA SIXが開催する、「GINZA FASHION WEEK」のロゴマークも手がけられているんですよ。

 このように、4人のデザイナーの仕事から銀座を見てみました。そのデザインを目にして共通して思うのは、4人とも、銀座が好きだということです。その気持ちがデザインに反映されているのだと思います。
 尚、グラフィックデザインで銀座を見ることに対して、日本デザインセンターの色部義昭さんから多くのことを教えていただきました。そして6月に、色部さんとともに、状況が許せば実際に「銀座グラフィックデザイン」ツアーを開催したいと考えています。乞うご期待ください。

「銀座グラフィックデザイン」ツアー<前篇>はこちら

クリエイターの紹介

伊藤 昊

写真家

いとう・こう 1943年大阪府生まれ。生後まもなく、両親と共に父親の実家のある宮城県涌谷町に疎開。6年生のときに、京都太秦の小学校に単身で転校。1955年に東京の明治学院中学校に入学。1961年に東京綜合写真専門学校に入学。1963年に卒業後、同校の教務部に就職。この頃に写真展を2度開催する。1968年に同校を退職し、フリーのカメラマンとなる。1978年に益子に移住し、塚本製陶所の研修生となる。1981年に築窯し陶芸家として独立。その後は晩年まで陶芸家として活動する。2015年に逝去。
5月5日に写真集『GINZA TOKYO 1964』が森岡書店より刊行された。
https://soken.moriokashoten.com/items/2dabee933141

森岡 督行

店主

森岡書店主。森岡書店代表。1974年山形県生まれ。著書に『荒野の古本屋』(晶文社)、『BOOKS ON JAPAN 1931-1972』(ビー・エヌ・エヌ新社)などがある。企画協力した展覧会に「そばにいる工芸」(資生堂ギャラリー)、「畏敬と工芸」(山形ビエンナーレ)などがある。近年は洋服などのプロデュースを手がけることも多い。株式会社森岡書店代表。『工芸青花』(新潮社)のウェブサイトにて「森岡書店日記」を連載中。

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