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現代銀座考

現代銀座考 : XXII 煎酒(いりざけ)の味

2021.03.23

写真/伊藤 昊

文、イラスト/森岡督行

森岡書店代表の森岡督行さんが、銀座の過去、現在、そして未来をつなげる新しい物語です。時の人々が集い、数々のドラマが生まれた銀座には、今もその香りが漂っています。1964年頃に銀座を撮り続けていた写真家・伊藤昊さんの写真とともに、銀座の街を旅してみましょう。

 

 

銀座のどこかにあったふぐ料理店。煎酒の風味は、ふぐにも合うだろう。

現代銀座考 : XXII 煎酒の味

 先日、ある方からお土産に、銀座8丁目の金春通りにある銀座三河屋(*1)の「煎酒」をいただきました。

 銀座三河屋は、元禄年間の創業。現在は、江戸時代の食文化をつたえる自然食品をおもに販売しています。「煎酒」とは、1643年(寛永20年)刊行の、日本最古の料理書といわれる『料理物語』でも紹介されている調味料です。以下のようにレシピが記述されています。

鰹(削節)一升に梅干十五(か)二十入れ、古酒二升、水ちと、たまり入れ、一升に煎じ漉し、冷やしてよし。

『料理物語』は、著者名が明記されていませんが、上方言葉で書かれているため、大阪か京都で出版されたと考えられています。試しに、神保町の某古書店に電話で在庫を確認してみると、「たまには手に入る」「ここのところ出ていない」「状態にもよるが20万~30万円」という返答でした。

 当時の銀座でもこの本が販売されていたのでしょうか。時代は下って1824年(文政7年)に刊行された『江戸買物独案内』という、今でいうガイド本を見ると、芝口に、書店として「書物所新本古本・丸屋徳右衛門」があったことがわかります。芝口とは、現在も、銀座8丁目に、芝口御門跡の石碑があるように、新橋の銀座8丁目側にあった地名。 
 もちろん、この書店が『料理物語』を販売していたかどうかはわかりません。しかし、もし私が店主の丸屋徳右衛門なら、店頭に陳列して、「煎酒」などと一緒に売っていたことでしょう。いずれにしても、江戸時代にレシピ本が販売されていたとは驚きです。
 

 ところで、銀座三河屋のHPには、「煎酒」をつかった料理のレシピが公開されています。「ホタテとアスパラの煎酒炒め」や「アボカドの煎酒和え」などなど。私は、「煎酒だしの鶏茶漬け」をつくってみることにしました。つくり方は簡単で以下の通り。

 ささ身は酒と塩をまぶし、火を通す。冷ましたら手で細かく裂いておく。焼き海苔をちぎり、三つ葉はざく切り。ご飯をよそい、ささ身、焼き海苔、三つ葉などをそえる。熱い湯をかけ、最後に煎酒を加える。

 こうなったら、ささ身も銀座で揃えてみたい。銀座松屋の地下2階にある「銀座初音」(*2)で、徳島県産の阿波尾鶏を求めました。「銀座初音」は実は創業70年以上の老舗で、良質な精肉を銀座で販売し続けています。

 レシピ通りにつくって、煎酒をかけて。さあ、食べてみよう。せいので口に運ぶと、梅干しの風味と酸味が、出しの旨味に乗って広がりました。それでいて素朴。阿波尾鶏のささ身にぴったりで、今まで味わってこなかったのが悔やまれるほどです。この味が、400年前の人を虜にしたということでしょう。私も虜になりました。汁の最後の一滴まで舐め尽くして、著者の名前はわからなくとも、著者の気持ちはわかったような気がしました。

*1 銀座三河屋/主食の白飯を旨く食するための逸品や江戸の食生活文化を今に伝える江戸食のセレクトショップ。
中央区銀座8-8-18

*2 銀座初音/1949年(昭和24年)創業。「正直商売」をモットーに精肉専門店を営み続け、2019年に創業70年を迎えた。
中央区銀座3-6-1 松屋銀座B2
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